読売ジャイアンツの戸郷翔征投手の家族について気になる方も多いのではないでしょうか。
戸郷投手には2つ年上の兄がおり、現在は自衛官として働いているそうです。
また、母親は元バレーボール選手で、幼少期から戸郷投手の運動神経の良さを引き出すためにさまざまなスポーツをさせていたとか。
一方、父親は野球好きで、戸郷投手に野球の基本を教え込んだ張本人です。ちなみに、戸郷投手は宮崎県出身ですが、関西弁を話すことでも有名。その理由や家族との関わりについても調査しました。
項目 | 値 |
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名前 | 戸郷翔征(とごう しょうせい) |
生年月日 | 2000年4月4日 |
出身 | 宮崎県三股町 |
身長体重 | 184cm 77kg |
投打 | 右投右打 |
ポジション | ピッチャー |
経歴 | 都城市立妻ケ丘中学校 → 聖心ウルスラ学園 |
巨人・戸郷翔征の兄や兄弟を調査
戸郷翔征の兄は2つ年上で自衛官
戸郷翔征投手には実は、2つ年上の兄・悠太さんがいるそうです。
戸郷投手の兄・悠太さんは現在、自衛官として働いているようです。2歳上で現在自衛官の兄“悠”大さんと“翔”征の頭文字をとると「ゆうしょう」です。
戸郷翔征の兄と初めた野球だがラクビー?兄と幼少期!カブトムシトリ
戸郷翔征の兄は学生時代は野球ではなくラグビー部に所属しており、スポーツ万能な一面がうかがえます。
自衛官の兄とプロ野球選手の弟。異なる道を歩む戸郷兄弟ですが、互いに刺激し合いながら活躍を続けてほしいですね。
期待を背負ったています
当時幼稚園生だった戸郷のメインは野球ではなく、道中でのカブトムシ捕りでした。
700メートルほどの道のりを1時間ほどかけて頂上まで登り、父と兄と野球を楽しんだ。
三股西小(地図4)1年時に野球を始めた。
元々父は一塁手で兄が三塁手だったため、ポジションがかぶるのが嫌で捕手を希望しました。小学6年時には上長飯小(地図5)に転校します。
当初進学予定だった中学校は生徒が約800人のマンモス校で、野球部員は100人ほどいたため、両親は「普通の環境で野球をやらせてあげたい」と車で10分ほどの距離に引っ越した。
兄は戸郷がプロ野球選手になれたことを分析
兄は戸郷をよく知っている存在です。子供の頃から戸郷はポーカーフェースだったんですね。あの年齢には似合わない落ち着いた度胸は生まれ持ったものですね。
今でも兄とは連絡をとる
WBCでは兄からの強いメッセージがありました。巨人のエースにもなった戸郷ですが、WBCでの活躍に兄も大興奮していたようですね。
シーズン中でも時々、「兄貴、試合の内容どうだった?」と連絡をくれることがあります。翔征自身も投球の映像を見返して「甘すぎたかな?」とか言っていたりして、僕も録画を見ながら「もうちょっと内側だったんじゃない?」と話したりします。その姿を見ているからこそ、こちらも感化されるというか、負けられない気持ちになります。自分は自衛隊に勤めていますが、弟を見ていると頑張れます。
引用音:【侍ジャパン】戸郷翔征へ兄・悠大さんからエール「誰かの力になれるように頑張ってほしい」
戸郷翔征の父親?母親のバレーボール?家族?両親?自宅や実家は三股町を調査
戸郷翔征の父親は?
父親の名前は戸郷健治さんです。
他の年齢などはわかりませんでした。戸郷健治さんは長距離トラック運転手で、野球が好きな方です戸郷選手は野球を父の影響で始めたようです。
SNSなど、ありとあらゆるとこを探しましたがありませんでしたね。
父親の戸郷健治さんは、生まれた子供が男の子なら「野球」と決めていたようです。
いま戸郷翔征選手がプロ野球選手であるのも、子供に「野球」を教えた影響があるかもしれませんね。
戸郷翔征の母親はバレーボール選手
母は戸郷ヒトミさんは看護師で、元バレーボール選手だったのです。バレーボール経験が戸郷選手の身体作りに影響を与えました。
実は、戸郷投手の母親・ヒトミさんは、元バレーボール選手! プロではありませんでしたが、ママさんバレーで活躍していたそうです。
身長の高いヒトミさんの遺伝子は、戸郷投手に受け継がれたのでしょう。長い腕から繰り出される豪速球は、母親譲りの才能なのかもしれません。
さらに、幼い頃の戸郷投手は、身体作りのために母親と一緒にバレーボールをしていたそうです。
看護師として働くヒトミさんは、医療の知識も豊富です。プロ野球選手として戦う息子の体調管理を陰ながら支えているに違いありません。
戸郷翔征の実家自宅は宮崎県三股町、母の影響で関西弁
戸郷翔征選手は宮崎県三股町出身です。三股町は戸郷選手のふるさとで、野球人生の原点となる場所です。
以下のような三股町と戸郷選手の関わりがあります。戸郷選手は三股町立三股西小学校1年生の時にスポーツ少年団で野球を始めました。
小学6年生まで三股町で過ごし、上長飯小学校に転校しています。
戸郷選手は三股町で野球の基礎を学び、家族の支えを受けながら成長しました。三股町は戸郷選手を育んだ大切なふるさとと言えるでしょう。小学生時代を過ごした思い出深い場所のようです。
宮崎県都城市出身で、昨年市のPR大使「みやこんじょ大使」に任命されました。
「宮崎県のすべてのPR大使になるんも夢です!」と地元愛を語りながら、宮崎弁ではなく、関西弁で語っていました(戸郷投手のお母さんが大阪府出身なので、子供の頃から関西弁で話すらしいです笑)。取材していて、とても楽しい選手です。
母の口癖は「生きててくれたらそれだけでいい」。
多くは望まれなかったが、名前にはある思いが込められた。
「好きなことをやって、その中で1番を目指してほしい」。
2歳上で現在自衛官の兄“悠”大さんと“翔”征の頭文字をとると「ゆうしょう」。
まとめ:戸郷翔征の兄や父親?母親のバレーボール?兄弟?自宅や実家は三股町を調査
いかがでしょうか。
巨人・戸郷翔征の父親?母親のバレーボール?肌ニキビ!兄?家族?両親?兄弟?関西弁を調査についておつたえしました。
バレーボールが得意なことから戸郷の投球があるのでしょうか。
将来に期待できますね!!
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